
ホテルや旅館の経営において、客室料金をどう設定するかは収益に直結する重要な課題です。近年、需要と供給のバランスに応じて価格を柔軟に変動させるダイナミックプライシングが注目を集めています。この手法は航空業界で長年活用されてきましたが、宿泊業界でも導入が進み、収益最大化の有効な手段として認識されるようになりました。本記事では、ホテル・旅館におけるダイナミックプライシングの基本から具体的な導入方法、運用のポイントまでを詳しく解説します。経営者や担当者の方が実践に移せる情報を網羅的にお届けします。
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ダイナミックプライシングは、宿泊施設の収益管理において中核となる価格戦略です。まずはこの手法の基本的な考え方と仕組みを理解しましょう。
ダイナミックプライシングとは、需要と供給の変動に応じて価格を柔軟に変動させる価格戦略を指します。市場の需給バランスを反映した動的な料金設定手法として、宿泊業界で広く認識されています。
この手法の最大の目的は収益最大化にあり、繁忙期には高めの価格設定で客室あたりの売上を伸ばし、閑散期には価格を下げて稼働率を維持することで、年間を通じた収益の安定化を図ります。従来の固定料金制では、需要が高い日に収益機会を逃したり、需要が低い日に空室が発生したりする問題がありましたが、ダイナミックプライシングはこれらの課題を解決する手段となります。
経済産業省のデジタル化推進施策において、リアルタイムの市場状況を反映した価格設定が収益改善に寄与すると指摘されています。価格最適化により、施設の収益性を高めながら、顧客にとっても適切なタイミングで最適な価格での予約機会を提供できる点が評価されています。
ダイナミックプライシングにおける価格決定は、複数の要因を総合的に分析して行われます。宿泊業界における一般的な価格変動要因として、以下が挙げられます。
これらの要因を組み合わせることで、需要予測を行い価格を決定します。たとえば、大型イベント開催日の直前で予約が埋まっていない場合、競合分析を行いながら価格を調整します。逆に、予約が好調な日程では早期に価格を引き上げることで収益を最大化します。
リアルタイム価格設定では、これらの要因をシステムが自動的に分析し、最適な価格を算出します。手動での調整も可能ですが、データ量が多いほど自動化の効果が高まります。競合施設の価格動向については、予約サイト連携やツールを活用して継続的にモニタリングすることが重要です。
ダイナミックプライシングの効果を測定するには、適切な指標の理解が欠かせません。一般的なホテル業界では、以下の指標が収益管理の基本とされています。
| 指標名 | 定義 | 計算式 |
|---|---|---|
| RevPAR | 客室あたり収益 | 客室売上 ÷ 総客室数 |
| ADR | 平均客室単価 | 客室売上 ÷ 販売客室数 |
| OCC | 客室稼働率 | 販売客室数 ÷ 総客室数 × 100 |
これらの指標の中でも、RevPARは収益管理において最も重視される指標です。ADRとOCCの両方を考慮した総合的な収益性を示すため、ダイナミックプライシングの効果測定に適しています。
ダイナミックプライシングは、もともと航空業界で1980年代に本格的に導入されました。宿泊業界への展開は2000年代以降に進み、欧米の大手ホテルチェーンが先行して導入を進めてきました。
日本国内では、2010年代後半からビジネスホテルやシティホテルを中心に導入が広がりました。日本ホテル協会の調査によると、会員ホテルの多くが収益管理システムを導入しており、特にシティホテルとリゾートホテルでの導入が進んでいます。
市場調査会社の報告によると、ホテル向け収益管理システム市場は年平均成長率5~15%程度で拡大しており、導入が進んでいます。インバウンド需要の回復とともに、価格戦略の高度化が求められていることが背景にあります。
ダイナミックプライシングの導入を検討する際には、期待できる効果とともに、注意すべき点も理解しておく必要があります。ここでは実際の調査データに基づいて解説します。
ダイナミックプライシング最大のメリットは、収益最大化にあります。観光庁の「宿泊業の生産性向上事例集」によると、価格の柔軟な変動により、繁忙期の収益最大化と閑散期の稼働率向上を同時に実現できる事例が報告されています。
従来の固定料金では、需要が高い日に収益機会を逃していたケースが多くありましたが、ダイナミックプライシングでは需要に応じた価格調整により、その機会損失を最小化できます。たとえば、大型イベント開催日や連休初日など、確実に需要が見込める日には早期に価格を引き上げることで、客室あたりの収益を大幅に向上させることが可能です。
一方で閑散期には、競合との価格競争を意識しながら、適度な価格設定で稼働率を維持します。空室のまま売れ残るよりも、多少価格を下げてでも販売する方が総収益は増加します。このバランスを適切に管理することが、年間を通じた収益性の向上につながります。
ダイナミックプライシングは、需要予測に基づいて価格を調整することで、客室稼働率の最適化にも貢献します。需要が低い時期に価格を下げることで予約を促進し、需要が高い時期には価格を上げることで過度な集中を避けることができます。
特に注目すべきは、早期予約割引や長期滞在割引といったプロモーション戦略との組み合わせです。予約リードタイムが長い顧客には割引価格を提示し、直前予約の顧客には通常価格または高めの価格を適用することで、予約の分散化と収益の確保を両立できます。
日本政府観光局(JNTO)の「訪日旅行データハンドブック」(2023年版)によると、訪日外国人旅行者は国や地域によって予約行動が異なります。欧米からの予約は3~6か月前のリードタイムが長く、アジアからは直前予約の傾向があるため、顧客セグメントに応じた価格戦略が有効です。
ダイナミックプライシングにおいては、顧客の価格受容性も重要な考慮事項です。J.D. パワー ジャパンの「2023年ホテル宿泊客満足度調査」では、価格変動に対する顧客の反応が分析されています。
調査によると、透明性のある価格説明があれば、顧客は価格変動をある程度受け入れる傾向があります。一方で、同一日に大幅な価格差があると不信感を招くこともあるため、価格変動幅の設定には注意が必要です。また、会員やリピーター向けの優遇制度を併用することで、価格変動に対する顧客の納得感を高めることができます。
顧客とのコミュニケーションにおいては、なぜ価格が変動するのかを丁寧に説明することが重要であり、需給バランスによる価格調整は航空券やテーマパークでも一般的に行われていることを伝えると理解が得られやすくなります。
ダイナミックプライシングの導入には、システム投資や人的リソースの確保が必要です。業界の実務指針では、効果的な運用に必要な体制として、週10時間程度の分析・調整作業を行う専任担当者の配置が推奨されています。また、収益管理の実務において、効果的な実施に必要な要素として以下が挙げられています。
また、経営層の理解と意思決定プロセスの確立、スタッフへの教育も欠かせません。特に、価格変動の意義や顧客への説明方法については、全スタッフが共通理解を持つ必要があります。導入初期には試行錯誤が伴うため、組織全体での取り組みが成功のカギとなります。
ダイナミックプライシングの実施にあたっては、法令遵守も重要です。消費者庁の「不当な価格表示についての景品表示法上の考え方」(価格表示ガイドライン)では、価格表示に関する注意点が示されています。
特に注意すべきは、景品表示法に抵触しないよう、価格表示の正確性を保つことです。また、不当な価格つり上げや価格カルテルとみなされる行為も禁止されています。適切な競合分析は必要ですが、他施設と協調して価格を操作する行為は避けなければなりません。
ダイナミックプライシングとレベニューマネジメントは混同されがちですが、それぞれ異なる役割と目的を持っています。両者の違いを理解することで、より効果的な収益管理が可能になります。
ダイナミックプライシングは、需給バランスに応じて価格を変動させる「価格戦略」です。一方、レベニューマネジメントは、価格戦略に加えて在庫管理、販売チャネル戦略、顧客セグメント分析など、収益最大化のための総合的な管理手法を指します。
つまり、ダイナミックプライシングはレベニューマネジメントの一要素であり、収益管理全体の中で価格調整を担う役割を果たします。レベニューマネジメントでは、どの顧客セグメントにどのチャネルで何室販売するかという在庫配分も含めた戦略を立てます。
ダイナミックプライシングでは、主に需要予測データと競合価格データを活用します。過去の予約パターン、季節変動、イベント連動価格などを分析し、最適な価格を算出します。
一方、レベニューマネジメントでは、さらに幅広いデータを活用します。顧客の予約行動、キャンセル率、滞在日数、付帯サービスの利用率なども分析対象となり、総合的な収益最適化を図ります。たとえば、キャンセルポリシーの設計や、直販強化とOTA対策のバランス調整などもレベニューマネジメントの範囲に含まれます。
ダイナミックプライシングの主なKPIは、ADR(平均客室単価)とRevPAR(客室あたりの収益)です。価格調整によってこれらの指標がどう変化するかを追跡します。
レベニューマネジメントでは、これらに加えて、TRevPAR(総収益を総客室数で割った指標)、GOPPAR(販売可能客室あたりの営業粗利益)など、より包括的な収益指標を用います。また、販売チャネル別の収益貢献度や、顧客生涯価値(LTV)なども評価対象となります。
実際の運用では、ダイナミックプライシングをレベニューマネジメントの一部として組み込むことが一般的です。まず、レベニューマネジメントの視点で年間の収益目標を設定し、顧客セグメント別の販売戦略を立てます。その上で、日々の需要変動に応じてダイナミックプライシングで価格を調整します。
この統合的なアプローチにより、短期的な価格最適化と長期的な収益戦略の両立が可能になり、より安定した経営基盤を構築できます。
ダイナミックプライシングを効果的に導入するには、計画的な準備と段階的な実装が重要です。ここでは具体的な導入手順と運用のポイントを解説します。
ダイナミックプライシング導入の第一歩は、自施設のデータを整備することです。過去の予約データ、稼働率推移、季節変動パターンなど、最低でも過去1~2年分のデータを収集し分析します。
特に重要なのは、以下のデータです。
これらのデータを整理することで、自施設の需要パターンを把握でき、価格設定の基準となる情報が得られます。また、競合施設の価格動向も継続的に調査し、市場での自施設のポジショニングを確認しておくことが重要です。
ダイナミックプライシングを実施するには、適切なシステムやツールの選定が必要です。経済産業省のIT導入補助金制度では、宿泊施設向けITツールの導入が支援されており、収益管理システムの標準的機能として以下が挙げられています。
施設規模によって適したシステムは異なります。業界専門誌の調査によると、大規模ホテル(100室以上)では統合型の収益管理システムの導入が主流です。中規模施設(30~100室)ではクラウド型の価格設定ツールが増えており、小規模施設(30室未満)ではPMSの価格管理機能を活用するケースが中心とされています。
システム選定の際には、予約サイト連携の対応範囲、AIプライシング機能の有無、サポート体制の充実度などを総合的に評価することが大切です。また、導入コストだけでなく、運用コストや将来的な拡張性も考慮しましょう。
効果的なダイナミックプライシングには、明確な価格ルールの設計が欠かせません。業界調査によると、適切な価格変動幅の目安として、通常期を基準価格として±20~30%の範囲が一般的とされています。
価格ルール設計のポイントは以下の通りです。
また、顧客セグメント別の戦略も重要です。ビジネス客、レジャー客、団体客など、それぞれの予約行動や価格感応度が異なるため、セグメントごとに最適な価格を設定します。たとえば、ビジネス客は直前予約が多いため、残室が少ない場合でも予約を確保するために価格をやや抑える戦略も考えられます。
ダイナミックプライシングを本格導入する前に、テスト運用を行うことが推奨されます。宿泊業界のDX推進実務では、中小規模施設向けの段階的導入モデルが推奨されています。
テスト期間中は、価格変動による予約数、稼働率、RevPARの変化を詳細に記録します。特定の曜日や客室タイプでテストを行い、効果を検証してから全体に展開する方法も有効です。また、競合との価格差がどう予約行動に影響するかも観察します。
ダイナミックプライシングの成功には、適切な運用体制の構築が不可欠です。収益管理の実務において、効果的な実施に必要な要素として以下が挙げられています。
運用担当者には、データ分析スキルと市場動向への理解が求められます。また、フロントスタッフや予約担当者に対しては、価格変動の仕組みと顧客への説明方法を教育する必要があります。顧客から価格に関する質問があった際に、適切に対応できる体制を整えることが重要です。
ダイナミックプライシングは導入後も継続的な改善が必要です。日々の予約状況、競合動向、市場環境の変化をモニタリングし、価格ルールを定期的に見直します。
定期的に確認すべき指標は以下の通りです。
特に重要なのは、価格変動が顧客満足度に与える影響を継続的に測定することであり、価格戦略と顧客体験のバランスを保ちながら、収益最大化を目指します。
実際の導入事例から学ぶことも有効です。観光庁の「宿泊業の生産性向上事例集」では、価格の柔軟な変動により、閑散期の稼働率向上と繁忙期の収益最大化を実現した事例が紹介されています。中小規模施設でも導入事例が増加しており、規模に関わらず効果が期待できることが示されています。
成功事例に共通するポイントとして、以下が挙げられます。
また、日本政府観光局の「訪日旅行データハンドブック」によると、AI活用の需要予測精度が向上しており、過去データだけでなく気象情報やSNS動向なども分析することで、予測精度の向上により収益改善効果が増大しています。最新技術の活用も検討する価値があります。
ダイナミックプライシングは、ホテル・旅館の収益最大化に有効な価格戦略です。需要と供給のバランスに応じて柔軟に価格を変動させることで、繁忙期の収益向上と閑散期の稼働率維持を同時に実現できます。導入にあたっては、自施設のデータ整備、適切なシステム選定、明確な価格ルールの設計が重要です。
段階的な導入と継続的な改善により、効果を最大化できます。運用体制の構築と社内教育にも力を入れ、顧客満足度とのバランスを保ちながら収益管理を進めましょう。競合分析や需要予測の精度を高めることで、より効果的な価格戦略が可能になります。
ダイナミックプライシングは単なる価格調整ではなく、総合的な収益管理の一環として位置づけることが大切です。レベニューマネジメント全体の中で活用し、長期的な視点で経営の安定化を図りましょう。